「米作り」が意外と面白いと、最近思い出した。
実際に教えてもらいながら携わってみると、「なるほど!以外に簡単なんだな!」って思った。

確かに完璧で「美味い」米が作れるわけではないし、もちろん奥が深い事には間違いない。

しかし、そこそろ真面目にお手本を学んで、取り組めば人並みなお米が出来る事が解った。

子供の頃から、いつも身近にあった「田んぼ」だけれど、実際にそこで自分がお米を最初から最後まで一通り意識して作ったことは無かった。子供の頃から祖父の手伝いを色々としていたが、あくまでも手伝いであったし、断片的にしか把握していなかった。

そりゃそうだろう。子供の頃なら他に色々とゲームや勉強や何やかんやとやる事が有るのだから、「お米つくり」に意識が行く方が変に決まっている。

しかし、40歳半ばの年代になると自分がこの世の中でやれることの限界もある程度わかって来てしまう。

決して悲観的にではなくて、自分の特性・向き不向き・適応能力などなどが解ってくる。だから、世間の目などを気にして無理に合わない事をするよりも自分が好きに楽しめる事をやる方が、価値性が高いのではないかと思い出した。

それが、米作りなのかと言われれば、「いや、そうではない」という返答になる。冬の間に田を耕し、5月に籾をまいて苗をつくり、田植えをし、夏の間はひたすら水の調整。そして、秋の刈り入れる。この工程が自分に出来る範疇に有る事をしってみると、面白さが感じられた。

毎日、食べるお米だからこそ自分で作っておくにこしたことはない。

コロナウィルスで、いつ何時食糧難に陥るかもしれない。

米作り